こうやって影響を受けている団体があるのですね

地元の街角ワークショップが倒産しました。ウィークデイなのに手順をやる様態も無く門が塞がれ丸見えの会社にも誰もいなかったのでおかしいなと願い、業者のニックネームと引っ越しとして検索してみましたら、倒産とマガジンに出てました。驚きました。数字十億もだ。15年度の販売は60億円席だったのに、ぶらりとだ。行く末性のいる業務内容でしたが。しょっちゅう通勤通学や配送でもそこを受かるので一部始終が分かっていて。昼なんかは外の敷地で外人やカラダ妨害方の人たちが手順をしていたのがいつものシーンでした。こういった皆さんを雇う組織でもあったので。それにしても信じられないだ。マガジンの文をしばしば掴むとどうも最近の世界の不景気が動機だそうです。物価が下がってしまい、それで販売にならなたっかようですね。こういった世界の不景気などで倒産するということは身近に感じたことがなかったのでおや結構影響されているところがあるのかと勉強になりました。

涙の数だけ強くなれるよ的なことを言う歌詞があるけど、果たしてそれは本当なのか。本当であって欲しい。

 年齢を重ねるほど涙腺が緩くなるという現象を非常に実感する毎日である。特に今の現状に対して不満があって、そういった事情から自分の感情が敏感になっているというわけでもなく、むしろ今の生活は多幸感に溢れていて、感情は極めて平坦に維持している。にもかかわらず、涙腺の老化現象が進んでいるのは、やはり年齢故ということなのだろう。
 先日、現在大ヒット中の洋画を映画館で鑑賞した。驚くほど泣いた。映画が素晴らしかったのは当然のことなのだろうが、今までも「この映画すごいな」と思うことはあったし、少し涙がこぼれるといったことは経験している。今回の映画が特別秀でて感情に訴えるものであったわけではないように思う。にもかかわらず、エンドロールの間も涙がとまることはなかった。これだけならまだ良いのだが、この映画のサントラは今町中で流れている。その度、私は涙している。所構わず、無条件に涙が流れてしまい、そして、頭の中で例の映画のシーンが蘇る。そして、更に涙を流す。
 仕事中、私は音楽・ラジオを流しながら作業にあたることが多い。正直、今これを書いている瞬間も、何かを聴いている。そこから流れる音楽の歌詞に、パーソナリティーのリスナーへの温かい言葉に、勝手に色々なシチュエーションを加算して、自己本位的な感動のシチュエーションを想像してしまう。そして涙が流れる。
 嘘みたいな本当の話なのだが、結果、あまり外で作業をすることができにくくなっている。老化なのか、進化なのか。考えさせられるものが大きい。http://www.alumni-uum.org/kao-kaisu.html